【1】はじめに

 コンピューター業界の中で、“DOA(ディー・オー・エー)”は“古くて新しい言葉”という表現が当てはまる。
 技術進歩の早いこの業界では、様々なコンセプトとそれを表現する“言葉”が、現れては消え、また現れては消えの連続であった。
 一度消えた“言葉”は、以後全くといって良い程人の口からは出て来なくなっていった。そんな中で“DOA”という言葉は、この業界では比較的古くからある言葉であるにもかかわらず、現在に至るも廃れることなく機会あるごとに人々の話題に挙げられている。

 それは一体何故なのだろうか?

 筆者はこれを「その必要性は普遍であるため」と考えている。
 特に“概念DOA”の領域では、“管理対象を表す言葉(概念)の定義”や“管理対象内のデータ項目を表す言葉(概念)の定義”が重要であり、この様な“言葉(概念)の定義による整理”は、古代からその必要性が説かれてきた。
 中国の春秋戦国時代(紀元前770年~紀元前221年)においては、“儒家における正名思想”や、“法家における刑名思想”などが有名ではあるが、中でも“名家(めいか)”と呼ばれる者達にはその傾向が顕著であった。
 特に、名家の代表的な人物である公孫竜(こうそんりゅう)は、その思想書「公孫竜子」において次の様な“白馬非馬論”を展開している。
「『馬』は、色にとらわれないが、『白馬』は、色にとらわれた言い方である。 だから『白馬は馬に非ず』と言うのである。…(中略)… 従って『白馬イコール馬』である、とは言えない、という主張である」(参考文献1)
 これは本書でいう“概念の単位”の問題であるが、この様なことは本書の本文冒頭での“事件”の様に、現代のコンピューター・システム開発においても重要な示唆を与えてくれている。

 本書はこういった観点から“概念DOA”を論じており、まず“管理対象の概念定義”の観点を提示しそれを「会社内のどこでも共有すべき」と提唱している。
 但し、本書は“コンピューター・システムを開発するシステム・エンジニア”の方々よりも、“コンピューター・システムを利用する側の業務担当者”の方々に読んでいただくことを願って書かれている。
 それは、本文にもある通り「システム・エンジニアは、“器(うつわ)”を作るのが商売だから」であり、だからこそ「利用者側が日頃使っている“言葉”を整理した上で、“器”に入る“中身”をシステム部側に伝えることが必要である」と考えているからである。

 このため、本書は数多ある“専門書”の体裁は採らずに“読み物”としての体裁を採らせていただいた。
 まずは軽い気持ちでお読みいただき、何かを感じ取っていただければ幸いである。

平成24年11月
筆者

参考文献

  1. 江連隆著「諸子百家の事典」大修館書店(2000年)