【5】「あくせく!アクセス」side story ~データは手放すな~

 今回のコラムは、拙書「あくせく!アクセス」のサイドストーリー形式で書いてみました。

はじめに~登場人物紹介~

 あくアク(akuaku)会員の方はご存じの拙書「どこでもDOA」「あくせく!アクセス」の登場人物が出てきますが、非会員の方などお読みになっていない方のために登場人物を簡単に紹介させていただきます。

  • 佐藤部長
     中堅会社X社のシステム部長。ある事件から内山さんと会い、概念DOAを知ることに。現在はX社でのデータ管理の総括責任者として、業務部署との調整窓口としても奔走中。
  • 山田課長
     X社システム部の第二課長。現在は同部データ管理部署の管理責任者も兼任。X社の持つデータ資産の調査・整理に大忙し。
  • 山上君
     X社営業部第二課に配属された新入社員。ひょんなことから「あくせく!アクセス流(あくアク流)」で業務システムツールを作ることになり、現在は営業現場の業務システムツール作成の担い手の一人に。
  • 松本さん
     X社営業部第二課に配属された新入社員。山上君と同様に営業現場の業務システムツール作成の担い手の一人に。
  • 狭山さん
     概念DOAの導入コンサルタント。山上君と松本さんの“あくアク流”の師匠。内山さんのお守りも兼ねている。
  • 内山さん
     概念DOAの導入コンサルタント。方向音痴。

本編

「まだですかね? もうそろそろ……」 と、時計を見ながら山田課長が佐藤部長に話しかける。
「いや、もう少し待ってみよう」 と、手許の携帯電話を見ながらやや不安そうに佐藤部長がこたえる。
 二人が居酒屋の小部屋にやってきてから15分。そろそろ待ち人が来なければならない時刻なのだが、二人には一抹の不安が。

 と、やっと佐藤部長の手の中から呼び出し音が。
「やっぱり来たか。もしもし、内山さん、どうしました。うん、うん、そうでしたか。で、今はRビルの前にいると。では、今から山田を迎えに行かせますから、そこを動かないでください」
「駅から反対方向に行ってしまったようですね。あいかわらず内山さんの方向音痴は治らないな~」
「う~ん、こればかりは仕方がないのかな。山田君、悪いがRビルまで迎えにいってくれ」
「分かりました。行ってきます」

 で、さらに10分。
 山田課長に連れられて内山さんがやってきた。
「す、すみません」
「いやいや。時間も時間なのでさっそく始めましょう」
 と、すでに慣れてしまった二人は宴の準備に。

「では、暑気払いということで、乾杯!」
「「乾杯!」」
と、とりあえずのビールで喉をうるおし、酒の肴をつまみ始めた三人。

「ところで、山田さんの“データ管理”の方はいかがですか」
 ひとしきり雑談をしたあと、内山さんが山田課長にきいてきた。
「いやぁ、大変ですね。今までは『業務担当部署から言われた通りにデータベースの項目を作ってきた』のに、今は『その項目は業務上どういう位置づけで、どういう目的で必要で、項目値はどの様に作成、維持、削除 をするのか』を知らなければならなくなったので」
「おかげで、業務担当者からは『山田課長は自分たちの業務データに精通している』って評判になっていて、『こういった資料を出したいんだけれど、どうすれば良いんですか』といった相談がひっきりなしに持ちかけられていますよ」
「部長、おだてないでくださいよ。でも、あくアク流の考えに従って『データベースの設計を我々がすべて行い、利用者が身近に使うことができる』ようにしてから、色々なことが自分たちで出来る様になりました。……そう、そう、実は内山さんに相談したいことがあるのですが」
「なんでしょうか」
「“データ管理”業務は私と部下数名で行っているのですが、彼らもプログラマー経験者が多く『なぜデータベースの設計をプログラムを作る業者に任せないんですか』と首をかしげる者がいます。これを彼らに理解させたいんですが、何か良い説明方法はないでしょうか」

「では、こういった説明はいかがでしょうか」
 と、鞄からレポート用紙と一冊の文庫本「韓非子」を取り出した内山さん。
「まずは、中国古代の思想書『韓非子』に次の主張があります」

■韓非子 第七「二柄(にへい)」より

 賢明な君主がその臣下を制御するための拠りどころは、二つの柄(え)にほかならない。二つの柄というのは、刑と徳とである。何を刑と徳というのか。処罰で死罪にすることを刑といい、誉めて賞を与えることを徳という。…(中略)…人君たる者、その刑を行ない徳を施す権限を自分自身で運用したなら、群臣たちは刑罰の威力を恐れて褒賞の利益へと向かうことになるのである。…(中略)…今かりに、人君たる者、賞による利益と罰による威力とを自分で与えることができず、その臣下と相談しながら賞罰を行なうということなら、国じゅうの人々はすべてその臣下を恐れて君主を軽視し、その臣下に身を寄せて君主からは離れることになるだろう。これこそ、人君たる者が刑を行ない徳を施す権限を失ったための弊害である。
 そもそも、虎が犬に勝てるわけは、虎に爪と牙があるからである。もし虎からその爪と牙とを取り去って、犬の方にそれを使わせたなら、虎はかえって犬に負かされるであろう。人の君主というものは、刑と徳とによって臣下を制御するものである。ところが、もし人の上に立つ君主が、その刑と徳との二つの柄を捨て去って臣下にそれをかってに使わせたなら、君主はかえって臣下に制御されることになるであろう。…(後略)…

「なるほど。『君主には賞罰の権限、虎には爪と牙、という“強み”があるから、臣下や犬といった相手に負けない。だから、この“強み”を放棄してはならない』という訳か」
「その通りです。で、ひるがえって『現在の“業務システム”において、システム開発業者などの部外者に渡してはならない“自社の強み”』とはなんでしょうか」
「う~ん。そうか。それが“データ”なんですね」
「そうです。“データ”はいたずらに蓄えることが目的ではなく、それを業務に役立てることが目的なのです。そして、役立てば役立つほど、データを持つことの“強み”が増していきます」
「同感です。どうも、我々システム開発経験者は入力画面など『データを蓄える』方に関心が強くなってしまうのですが、本来は利用すなわち情報出力の方にこそシステム開発の意義があるんですよね」

「そして、その利用には、当然“試行錯誤”的なものも含まれます。いわゆる“仮説ー検証”というものですが。そのためには『データは、利用者の近くにあるかのように自由に使える』ことが最も効率的です」
「うん。うん」
「データの集合体が“データベース”ですから、これは、我々が『いつでも、どこでも、どの様な形ででもデータを加工して、必要な情報を得ることができる』様なデータベース環境を作る必要があることを意味してい ます」
「なるほど」

「ところが、私が良く見かけるのは『“強み”であるデータベースをシステム開発業者などに任せてしまう』というケースです」
「う~ん。私の経験でもすべてそうだったな。おかげで、ちょっとした集計情報でもシステム開発業者にお金を払って出してもらっていたなぁ。確かに『利用者の近くにある』ってもんじゃないですね」

「そう。これでは『ちょっとした仮説を検証する』こともままなりません。多くの場合『試しにやってみる』といったことに、あまりお金はかけられませんから。そして、もう一つ。『システム開発業者は、我々にとって最適なようにデータベース設計をするとは限らない』という問題があります」

「そうですね。以前、“販売管理システムのデータ構造図”を内山さんにお見せしましたが、実はデータベースの設計に関しては、あれが初めての経験でした。それまでは『自分の担当するプログラムにとって最適なテーブルの設計をする』ものと思っていましたから。この会社に入ってから『データベースにあるすべてのテーブルやデータを最適化する』立場になって、やっと最適化の意味が分かってきました」
「ふ~ん。でも、山田君の言う“最適化”は、まだ“システム担当者のための最適化”だな。内山さんの言う“最適化”は“利用者のための最適化”だよ」
「もちろん今はわかっていますよ。“器”にしても“中身”にしても、“利用者のため”ということですよね」
「その通り。期待しているよ、データ管理責任者殿。まぁ、一杯」

「では、佐藤さんも一杯。でも、御社は『システム部門と利用部門が一緒になって考える文化がある』ので、私も驚いています」
「そうでしょう、そうでしょう。私が前職で経験した顧客企業では『システム部門が特権階級化して利用部門から敬遠されてしまい、システムによる業務効率化がかえって遅れる』ことが少なからずありました。そこで、 この会社では『システム部門は利用部門の“縁の下の力持ち”として、利用部門を支えるんだ』という姿勢でマネジメントしているんです。まぁ、内山さんも一杯」

「ありがとうございます。ウチの狭山からも、利用部門である山下さんや松本さんのご活躍をお聞きしています」
「あぁ、彼らね。彼らも『データで何ができるか』を常に考えていますよ。おかげで『山田課長。こういったデータはデータベースに持てないでしょうか』ってな相談をしに、私のところにやってきます。『お金がかかりそうだ』というと『では、自分たちでAccessとExcelでやってみます』と言って、本当に1か月ほどで実現してしまうんです。AccessやらExcelやらWordやら、彼ら我々なんかより詳しいですよ。それでいて、VBAなんかでプログラミングしていないんだから凄い。内山さん、今度は我々の先生として、狭山さんから色々教えてもらえませんか」
「そういった『利用部門だけで使う業務システム・ツール』のことは彼らに任せておこう、山田“第二課長”。我々は『社外も含めた、大規模で安全安心な業務システム』を作る技術の習得が最優先だ」
「その通りです。“あくアク流”はあくまで前者のためにあるのですから」
「わかっています、わかっていますよ。でも、なんとなく癪(しゃく)じゃありませんか?」
「いや。だって、彼らにも会社全体のデータは把握しきれていない。この点で、彼らを含めた利用部門から“社内にある様々なデータの存在”をつかんで、さらに彼らを導いていくのが君の役目だろう、山田”データ管理責任者殿”」
「う~ん。『もっと彼らを取り込め』ってことですか。確かにそうですね。今のシステム部って、業務現場のことあまり知りませんからね。実際『自分は業務のことを知らなかった』ってことを“知った”のも、“データ管理責任者”になってからですからね」
「“無知の知”というやつですね」
「うまい、内山さん。でも、そんなカッコいい話から始まっていないよな、山田君」
「“創立三十周年記念式典”のことは、もう勘弁してください」

「そうそう、内山さん、話がそれてしまいましたが、他にもありますでしょうか」
「データベースの設計を我々が行うことのメリットとして『システム開発業者の得意とするプログラム環境に左右されにくい』という点があります」

「なるほど。『画面や帳票のプログラム環境に引きずられて、データベースを分けてしまってはいけない』という訳ですね」
「その通りです。これには『画面や帳票のプログラム環境は、データベース環境に比べて変わりやすい』ということも背景にあります」
「確かに。今まではPCソフトで作っていた画面をWeb画面で作りなおすことになって、最近では『この画面をiPhoneやiPadで参照したい』といった要望も聞こえてきています。おまけに、山下・松本コンビが 『ExcelやWordで帳票を作る』ことまで提案してくるんで、何が最適なものなのか分からなくなる時がありますよ」

「(苦笑しながら)そうですね。でも、そうした劇的な変化の中でも、データベース環境にはそれほど大きな変動はありませんでした」
「ふむ。『データは安定している』というやつですね」
「その通りです。いかがでしょうか、こんなところで」
「充分です。明日にでもあいつらに話してやりますよ」

 その後は再び雑談に。
 居酒屋の夜は更けていく…。

引用・参考文献

 本稿の引用・参考文献は次のものです。

  • 「韓非子」金谷治訳注 岩波書店